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感光
形式とか当たり前とか人と一緒とか

そんなことに常にとらわれてて

無意識のうちに大切なことを忘れてしまう時もある


失敗して感光したネガがとても美しく感じ、わざと感光させる方法を試している

失敗から学ぶことは大きい

試行錯誤を繰り返し、なんとか見つけだしたものがあって

LEICA MPでNEOPAN superPRESTO1600を使って


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どんなにデジタルが進歩しても作り出せないものもきっと存在する

だからこそ選択することは大切で

その選択を潔く決断できるくらい経験したい

デジタルの中でLEICA M9も使いたいと正直に思っている

写真自体が完結しているのではなく

見る人に対して考えることを投げかけたい

そして自分自身も考えたいと思っている

やりたいことを精一杯やります 

それしかない それが自分にできること



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ある小さな海沿いな村でこの靴を拾った

誰も目を向ける事の無い場所で

なぜだかとても輝いて見えた

ひっそりとおとなしく ただ存在するかのように

この靴はどのような過ごし方をしてきたのだろう

綺麗な頃の有り触れた靴の時より

この状態であることが必然であったかのような力強さと

想像力を与えてくれる

推測しかできないけど、想像することでなにかが生まれる




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濁ったフィルター

自分探しの旅って言葉

旅に終点は存在しない 存在してはいけない

旅をすることも、なにかの為なのかもしれない

自分を見失ったり、改めて確認することがあって

新しい場所の空気や、その土地の人達と過ごすことで見えてくるものもある

だから旅にでるなら長い時間がいい

その土地を感じ、理解するのは容易ではない

いわゆる観光名所や、ガイドブックにのってるありふれた情報よりも
ちゃんとその土地で愛されてるものや、嫌われてるものをみて、感じたいと思う

住めば都のように、行けば都だなと感じる

自分にとって旅=写真と思うのは必然である

普段と違う景色、人々、空気、感情

その瞬間に感じたものを、正直に伝えたいからこそ写真を撮る

伝える手段が写真なんだ 写真すること

それは自分にとって大きなコミニケーションの1つだ

その土地のリアルなものなんて理解しているようで深くは理解できていない

だけど、写真に写るものはある種のリアルなものだ

一瞬のできごとの中にちゃんと嘘の無いものも写って

なにもかもが修正されることが当たり前になってきてるけど

修正することのない美しさ、深さってものはずっと存在していく

その美しさの中に感じるものは、人が歩んできた旅路なのかもしれない

終点のない旅 終点のないもの

人の目に写るものは、人それぞれで 感じ方だって異なる

クリアに見える日もあれば、濁って見える日もある

色の感じ方も様々で

だからこそ面白いと思うし、自分の見るものを表現したいと思う

常に写真を通じて考えることを投げかけていたい

そして自分自身も考えていたいと思う 正直に


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Don't jump to a conclusion.

時はいつだって止まらずに進み続ける

その時間軸は人それぞれだけど、生き急ぐことをやめようとおもう

生き急いでた訳じゃないのに、人には言われる

なぜ生き急ぐのかと

自分は根本的に動くことが好きな方だ

休みの日にゆっくり家ですることよりも、どこかに行って人と話したり、なにかを見て感じたいと思っている

どこかに行く行為は色々な要素をもっている

新しい人や景色との出会い

それは素晴らしいことだ 決してマイナスにはならない

ひと言で言えば落ち着きがないのである

けれど、いつだって落ち着きがないくらいの感覚で動き回りたいと思っている

悲観的になったり悩んだりしても、きっと未来は変えられる

まだまだなんにも始まってないし、これからなんだ

そう言って笑った仲間の言葉はリアルだった

自分は恵まれいる どんな時もちゃんと人が居てくれるから

だからこそ毎日をこんなに元気で、楽しく過ごせているんだと感じる

やりたいことを 精一杯 やるっきゃないっしょ

結果は大切だけど、やることで学ぶことの方が大きい

ショートだけど、今年は映像を撮ります

撮りたくて、やりたくて、考えて、やっぱり撮りたいから

たくさん学ばなきゃ

 
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super PRESTO1600
富士フイルムは「ネオパン1600 Super PRESTO」の在庫がなくなり次第、販売を終了すると発表した

このフィルムは優れたフィルムだ

この前のCDのジャケットの撮影でも使ったし、LEICAに入れて愛用しているフィルムでもある

なんだかな それが正直な感想だ

人は言う フィルムは違うよね デジタルとは違うもんね

そうそれは全く異なる表現方法なんだ

だけど、デジタルは急速にシェアを拡大し

フィルムはどんどん衰退していく

お互いいいとこはあり、表現として選択できる状況であればいいと思う

自分は経費がでない撮影であっても、フィルムで撮りたい時はフィルムを使う

仮にマイナスになってもそれはお金のためじゃない 

その作品が自分であり、自分の求めるものだから

人がどう思ったとしても、譲れないものも、大切にしなくてはいけないものも

ちゃんと自分の中にあって

そこを疎かにすることも、安易に流されることもできないし求めていない

頑固な言い方かもしれないが、自分がやっていること、やりたいことに対して真摯でありたい



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